恋のはじまりは曖昧で

営業のフロアに戻る前にトイレに寄った。
個室に入り、用を足して出ようとした時、数人の女の人が話しながらトイレに入ってきた。
その内容に思わずドアを開けるのを止めた。

「今月の広報に載ってた営業の子、道路で男と抱き合ってたらしいよ」

「マジで?見た目はおとなしそうだったのに大胆なことをするんだね。恥ずかしさとかないのかな、今時の子って」

ドクリと心臓が嫌な音を立てた。
これって私の話……だよね。
鍵にかけていた手をそのまま下におろした。

「見た目と中身のギャップがあるんじゃない?実は肉食系なんでしょ」

「私だったら、外で抱き合うとか公衆の面前でそういうことは出来ないわ」

「今だけだよ、そういうこと出来んの。よくあるじゃん、若気の至りって」

「分かる。あとでいろいろ後悔するんだよね」

笑いながら女の人たちはトイレから出て行った。

陰で自分の話をされていることに恐怖を覚えた。
疑ったらダメだとは思うけど、もしかして森川さんから話が漏れたのかも知れない。
だってタイミングがよすぎると思う。
広報部で私の話をしていたと薫が言っていたし。

森川さんは画像は削除してくれているみたいだから、それが出回ることはないとは思うけど。
これ以上、この噂話が広がらないことを祈るしか私にはできなかった。
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