恋のはじまりは曖昧で

さっきの田中主任の言ってた子って、もしかしなくても私のことだよね。
そんな風に思ってもらえていたことに嬉しいやら恥ずかしいやらで顔が赤くなる。

「ねぇ、ちょっと聞くんだけど。田中と付き合ってるのって紗彩だよね」

橋本さんが耳打ちしてきて心臓が止まるかと思った。
ヤバい!どうしたらいいんだろう。
きっと橋本さんのことだから、私の嘘なんて見破られそうだ。
焦れば焦るほど視線が泳ぎ、落ち着きがなくなる。

「あの……」

「うん、分かった。その表情は答えるまでもないわね」

クスッと笑い、私の顔を見て納得したように言う。
やっぱり私の表情って分かりやすいんだろうか。
仮面をつけていたい気分だ。

「すみません」

「何で謝ってんの?全然謝るようなことなんてしてないじゃない」

橋本さんが笑いながら私の肩をポンと叩く。
自分でもよく分からず謝罪してしまった。

「最近、田中が楽しそうに仕事していたし、やたら紗彩の方を見てたからもしかしたらって思ってたんだよね」

橋本さんはビールを飲みながら言う。
田中主任が私を?
橋本さんの観察力には脱帽だ。

「直接、本人から聞いた訳じゃないからアレだけど、恋愛に関して田中はトラウマがあるみたいなんだよね。だから、わざとチャラい自分を演じてたんじゃないかって私は思ってるの」

そう言って、チラリと田中主任の方に視線を向けた。
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