恋のはじまりは曖昧で
「ところでさ、いつになったら俺のことを名前で呼んでくれるんだ?」
「え?」
ガラッと雰囲気を変えてそんなことを言うので、一気に緊張がとけ、キョトンとしてしまう。
「幼なじみくんのことは名前で呼ぶのに、彼氏の俺のことはいまだに“田中主任”なんだけど」
拗ねたような表情で私を見る。
その表情が可愛いなと思ったのと同時に、レベルの高いことを要求されていることに気付く。
でも、よく考えたら田中主任だって……。
「それを言うなら田中主任も私のことを」
「紗彩」
『高瀬さんて呼ぶでしょ』と言おうと思っていたのに、それを遮るように私の名前を呼んだ。
不意打ちで呼ばれ、ドキッとしてしまう。
前に虎太郎と一緒にいた時に“紗彩ちゃん”と呼ばれたことはあったけど、今回は呼び捨てだ。
「ホラ、俺は呼んだよ。紗彩って」
ドヤ顔で言う。
そして、王子様フェイスで私の顔を覗き込んできた。
顔が近づきドギマギしてしまう。
「紗彩は俺のこと、名前で呼んでくれないの?」
呼んで欲しいなと呟き、じっと私の顔を見て待っている。
人の名前を呼ぶのにこんなにドキドキすることなんてない。思い切って口を開く。
「こ、こー、すけさん……」
言った瞬間、照れくさくて顔が赤くなる。