恋のはじまりは曖昧で
「紗彩、こっちだ」
「お待たせ」
「おっせーよ。待ちくたびれた」
「仕方ないでしょ。電車と徒歩なんだから」
文句を言いながら席に座る。
この定食屋は、お冷とかはセルフサービスだ。
すでに私の席のところには氷の解けかけのお冷が置いてあった。
「調子はどうよ?」
「んー、ボチボチかな。そういう海斗は?」
「俺もボチボチ。ところで、会社にはもう慣れたのか?」
「まぁ、多少はね。覚えることがたくさんあって頭の中がパニックになりそうだよ」
「確かにな。俺も先輩たちに毎日しごかれてる」
海斗は苦笑いしながら言う。
私の幼なじみの杉村海斗。
実家が近所で、小学校は一緒に歩いて登下校してたし、よく公園で遊んでいた。
海斗とは幼稚園から大学まで同じでホントに長い付き合いだ。
男女の幼なじみは中学ぐらいになると疎遠になるとか聞いていた。
現に私の友達にも男子の幼なじみがいたけど、気がついたら全く交流がなくなっていた。
だけど、私と海斗はそんなことはなかった。
ケンカもすることはあったけど、気が付けば仲直りしての繰り返し。
就職先は別々になったけど、今もこうして連絡を取り合い、会ったりしている。
海斗は、父親が社長の電機メーカーに就職した。
『言っとくけど、コネ入社じゃねぇぞ!』って耳にタコが出来るほど聞かされた。
誰もそんなこと思ってないんだけどね。