恋のはじまりは曖昧で
「おい、何してんだ」
男性の怒気を含んだ声が耳に届いた。
その人を視界にとらえた女子社員たちは焦ったような表情になった。
「田中主任……」
私も田中主任の登場に驚きを隠せない。
どうしてここに?
呆然としている私たちをよそに、田中主任はいつもより低い声で話し出す。
「俺、そうやって寄ってたかって人を追い詰める女って嫌いなんだけど」
そう言うと、田中主任はゆっくりと私のそばに来た。
「大丈夫か?」
「はい」
優しく声をかけられ、頷く。
「あのさ、さっき高瀬さんも言ってたけど、君たちに彼女が何か迷惑かけた?かけてないだろ。彼女がどこで何をしようと君たちと無関係じゃないのか」
その言葉に二人は俯いた。
田中主任の言っていることは正論で、私だってそう思っていた。
って、ちょっと待って。
今、“高瀬さんも言ってたけど”って言わなかった?
もしかして、田中主任は私たちのやり取りを見ていたんだろうか。
「あと、俺の名前が出ていたみたいだけど、俺絡みのことなら俺のところに直接言いにくればいいだろ。数人で寄ってたかって追い詰めるようなことをするんじゃねぇよ。もう二度と高瀬さんにつまらない言いがかりをつけるな」
語気を強めて言う。
にこやかな王子様フェイスはどこへやら、鋭い目つきで女子社員を見ている。