恋のはじまりは曖昧で

それに気圧されたのか、彼女たちはバツの悪そうな顔で「すみません」と謝罪し、足早にその場を立ち去った。

田中主任から場所を移動しようと言われ、私は弥生さんに『ちょっと用事が出来たので先に食事は済ませてください』とメッセージを送った。
そして資料室へ向かい、中に誰もいないことを確認した田中主任は内側から鍵をかけた。

「高瀬さん、何もされてないか?」

心配そうに聞いてくる。

「はい。田中主任が来てくださったので」

「そうか、よく頑張ったな」

ポンポンと優しく頭を撫でる。

「さっきの見てたんですか?」

「あぁ。話し声が聞こえたから気になって覗いてみたんだ。そしたら高瀬さんが女子社員に囲まれて困った表情をしていて。思わず出て行こうとしたけど高瀬さんが言い返してる姿を見て、俺がでしゃばっちゃいけないと思い留まったんだ」

田中主任に会話のほぼ全部見られたことになる。
それはちょっと、いやかなり恥ずかしい。

「でも、自分の彼女があのまま追いつめられる姿を傍観出来ないから、結局は出ていったんだけど」

ポリポリと頬を掻く。
彼女という言葉がくすぐったい。
田中主任が来てくれてよかった。
私はもう一度お礼を言った。

「助けてくれてありがとうございました」

「そんなたいしたことはしてないよ。紗彩が無事でよかった」

フッと表情を緩める。
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