恋のはじまりは曖昧で

棚からマグカップを取り出し、最近ハマっているゆず茶を入れた。
瓶に入っているジャム状のゆず茶をお湯に溶かし、スプーンでかき混ぜるとゆずのいい香りが鼻をくすぐる。
夏はこれに氷を入れて飲んでいた。

背後で人の気配がし、振り向くと給湯室に入ってきた橋本さんが私の手元を見た。

「紗彩、何飲んでるの?」

「ゆず茶です。橋本さんもよかったら飲みますか?」

「そうね、お願いしようかしら」

そう言って首をコキコキ鳴らす。
橋本さんのマグカップを用意してゆず茶を入れ、それを渡しながら話しかけた。

「お疲れみたいですね」

「そうなのよ。あ、ありがとう。今朝からずっとパソコンにかじりつきで作業してたから、身体中が凝り固まってるわ。この後は現場でやりあってくるけどね」

ふふ、と楽しそうに笑う。
やりあってくるとか、物騒な言い方で苦笑いしか出来ない。
橋本さんはよく電話口でも強い口調で話している。

この前なんか『こっちもいろいろ考えて段取り組んでるのに勝手な判断をしないで!やる前に一言相談してって言っているでしょ。“ほうれんそう”って言葉を知らないの?』なんて言っていた。
男性相手でも全然負けていない。

「どうぞ」

「ありがとう。これを飲んで頑張りますか!」

橋本さんはマグカップを手に給湯室から出て行き、私も後に続いた。
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