恋のはじまりは曖昧で
田中主任が名前で呼んでいるのを聞いて胸がチクリと痛んだ。
ここまで急いで来たのか、少し息が乱れている。
「ふふ、やっぱり出てきた」
町村さんは田中主任の姿を見て嬉しそうに笑い、それとは対照的に主任は顔を歪めている。
「何しにここへ?」
田中主任の怒りを孕んだ低い声に、自分に向けて言われた訳ではないのにゾクリとする。
「何しにって、さっきも言ったけど浩介に会いに来たに決まっているでしょ。しばらく見ないうちにいい男になって」
「今さらそんなことを言うのはやめてくれ」
冷めた表情で町村さんを見ている。
「こんなことろで立ち話もアレだから場所を変えた方がいいんじゃない?それに、浩介の部下に聞かせるような話でもないと思うけど」
町村さんは私に視線を向けてくる。
「分かった」
田中主任はため息をつき、一瞬私を見た後、同意した。
「可愛い部下さん、あなたのお陰で浩介に会えることが出来て助かったわ。いろいろありがとね。じゃあ、行きましょ。昔よく行ってたあのイタリアンのお店でいいでしょ?」
部下という言葉を強調し、私に笑いかけて行き先を決めると、馴れ馴れしく田中主任の肩をポンと叩き歩き出す。
「ごめん、高瀬さん。後でちゃんと説明するから」
小声で私に言うと、田中主任は町村さんの後を追いかけた。