恋のはじまりは曖昧で
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次の日、仕事をしていると内線が鳴ったので受話器を取った。
外線ではなく、内線は社内の人からの電話だ。
「お疲れさまです、営業の高瀬です」
「お疲れさまです。受付の久山ですけど、高瀬さんに来客です」
「私にですか?」
私に来客なんて初めてのことで首を傾げる。
営業の人ならまだしも、営業事務に直接会いに来る人は滅多にいない。
「アポイントは取られていないみたいなんですけど、至急の用事があるとのことで一度確認して欲しいと言われて。町村さんという女性の方なんですけど、お知り合いですか?」
その名前を聞いて心臓が嫌な音をたてた。
どうしてあの人が私に?
「どうしましょうか。お知り合いでなければ日を改めるようにとか、席を外していてとか理由を言ってお帰りいただきますけど」
頭が真っ白になり、何も言葉を発することが出来なかった私を久山さんは気遣ってくれたみたいだ。
町村さんが私のところに来る理由なんて一つしかない。
田中主任のことだ。
「大丈夫です。すぐに降りますと伝えてもらっていいですか?」
「分かりました。そうお伝えします」
受話器を置くと、目の前に座っていた弥生さんに声をかけた。
「弥生さん。私に来客みたいなので、少し席を外します」
「了解。それにしても、紗彩ちゃんに来客って珍しいね」
その言葉に曖昧に笑って誤魔化し、営業のフロアを後にした。