恋のはじまりは曖昧で

「すみません。運転中だったんですね」

電話に出るために、わざわざ路肩にとまってくれたんだ。
ちょっとタイミングが悪かったな。

『いや、謝ることはないよ。俺が先に電話したんだし』

「仕事は終わったんですか?」

『あぁ。さっき会社に寄って、残務処理して帰ってるところ。紗彩は今、家にいるんだよな』

「はい。お風呂に入ってました」

『そっか。風呂に入ってたんだな。あのさ、遅い時間で申し訳ないけど今から家に行ってもいいか?』

え、今から?
部屋の時計に視線を向けると、二十一時過ぎ。
特別遅い時間という訳じゃない。

『会って話がしたいんだ。ダメなら明日でもいいけど』

話っていうのは町村さんのことだよね。
昨日のメールでも言ってたし。
こういうことは先延ばしにしても気になるだけだし、早めにスッキリさせた方がいい。

「今からでも大丈夫ですよ」

『ありがとう。あと十分ぐらいで着くと思うから』

「分かりました。待ってます」

運転、気を付けてくださいねと伝えた後、電話を切った。

しばらくして、インターホンが鳴った。
モニターにはスーツ姿の田中主任が映っている。

心なしか、疲れた表情に見える。
それはそうだよね。
出張で疲れているはずなのに、話をしようと仕事終わりに私のマンションまで来てくれたんだ。
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