恋のはじまりは曖昧で

仕事をしようにも、手が震えてどうにもならない。
俯き身体を丸めるように小さくなっていると、不意に肩を叩かれた。

「高瀬さん、ちょっと話をしようか」

その声にゆっくりと顔を上げると、田中主任が微笑んでいた。

田中主任に会議室へ先に入っているように言われ、入り口付近に立っていた。
さっきから身体の震えが止まらない。
気を張ってなきゃ、今にも涙がこぼれ落ちそうになる。

でも、泣いたところで私がミスしたことが帳消しになる訳じゃない。
やってしまったことは変えられないんだ。
キュッと唇を噛んでいると田中主任が自動販売機で買ったコーヒーを手に会議室へ入ってきた。

「お待たせ。高瀬さん、こっちに来て座りなよ」

椅子を引き、座るように促される。

「……はい、」

田中主任は私の前にコーヒーを置いた後、一つ席を空けて椅子に座った。
そしてプルトップを開けコーヒーを一口飲むと、おもむろに口を開いた。

「さっき、部長に注意されてたね」

何を言われるかだいたいの予想はついていたけど、いざその件の話をされると身体がこわばる。

「はい……」

営業のフロアには、まばらだったけど人はいた。
田中主任もきっと呆れてるよね。
あんなミスをしてしまったんだから。

今すぐにでも、ここから逃げ出したい衝動に駆られた。
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