恋のはじまりは曖昧で

「俺はさぁ、高瀬さんはよく頑張ってると思うよ」

俯いて拳を握り、次の言葉に備え身構えていたんだけど、予想外の言葉に勢いよく顔をあげた。

「えっ」

田中主任の表情は呆れている訳でもなく、ただ穏やかに微笑んでいる。

「あの日、高瀬さんは来客の対応があってバタバタしていただろ。まだ慣れてもいない請求業務と同時進行で大変そうだったけど、一人でこなしてたよね。でも、高瀬さんはもっと周りに頼ることをしてもいいと思う」

その言葉にハッとした。
あの時、西野さんが『手伝おうか』と声をかけてくれたけど私は『大丈夫です』と断った。
出来ることは自分一人でやらないといけないと思っていたからだ。

あれもこれもといっぱいいっぱいだったけど、他の人に迷惑をかける訳にはいかないという気持ちだった。

「高瀬さんは入社して間もないんだ。全部一人で抱えきれないこともあると思う。その時は遠慮せず周りの人に助けを求めなよ。俺、前に言ったよね。人に頼ってもいいって。うちの営業事務の人たちは嫌な顔する人はいない。みんな優しい人たちばかりだから」

「……はい」

田中主任の言う通りだ。
みんないい人ばかりで、何かと声をかけてくれていた。
自分一人で背負わなくてもよかったんだ。

田中主任の言葉が胸に響く。
鼻の奥がツンと痛い。
だんだん視界がぼやけ、思わず俯いた。
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