恋のはじまりは曖昧で

隣の田中主任との距離が近い。
ちょっと腕を動かせば触れ合ってしまうぐらいだ。

左半身は自分の身体じゃないような感覚がし、昨日のリラックスした状態から一転、緊張感に包まれた。

そういえば田中主任に借りていたカーディガンを返さなきゃいけないことを思い出した。
だけど、自宅ではないので洗濯機がないから洗ってない。
かと言って、このままカーディガンのことに触れない訳にはいかない。
どうしたらいいだろうかと、自分の中であれこれ葛藤した末に口を開いた。

「あの、昨日借りたカーディガンなんですけど、お返ししようと思ったんですけど洗ってなくて」

「別に洗わなくても構わないよ」

「それで今、バッグの中にあって……」

ホントもう、ダメダメじゃん。

「あー、返してくれるのはいつでもいいよ」

「すみません。今度、洗って返します」

「謝らなくてもいいよ。悪いことしてる訳じゃないんだから」

田中主任はクスクス笑いながら言う。
その笑っている顔を見て、もう一つ、お礼を言わなければいけないことを思い出した。
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