恋のはじまりは曖昧で
「田中、ちょっといいか」
「はい」
橋本さんの愚痴を聞いていた田中主任が原田部長に呼ばれ、席を立つ。
その姿を何気なく目で追っていた。
「例のショッピングモールの現場、うちに決まったから」
「本当ですか?条件面でちょっと厳しいかもって話だったんですけど」
「そこの所長の岸本さんがぜひ田中にと指名してくれたんだ。前に岸本さんの現場を担当しただろ。その時、結構無理なことを言ったのに愚痴も言わず柔軟に対応してくれた田中の仕事っぷりを気に入ってくれたみたいだ」
「それは当然のことをしただけなんですけど」
「まぁな。仕事をきっちりするのは大前提だけど、やっぱり人柄や誠実さも必要だからな。いくら仕事が出来てもお互いに信頼関係を築けていないと次に繋がらない。岸本さんは田中のそういった部分を評価してくれたからこそ、あの現場を任せてくれることになったんだ」
原田部長の言葉に田中主任が嬉しそうに顔を綻ばせる。
「これから忙しくなるぞ。しっかりな」
「はい、分かりました」
肩をポンと叩かれ、表情を引き締めていた。
手を休めて原田部長たちの会話を聞いていたら電話が鳴り、慌てて受話器を取った。
「はい、花山株式会社です。お世話になっています。え、材料が届いていない?」
相手の言葉にヒヤッとした。