青いなにか
ベロニカは、いなくなった
 領主は五年に一度花嫁を娶る。
 ベロニカ、幼馴染み、青春の華。彼女は美しく優しく勇敢だった。
「僕と逃げよう。領主の花嫁になって帰って来た者はいないんだぞ」
「仕方がないわ。五年に一度、17歳になった娘の中から籤で花嫁は決められる。花嫁を差し出す代わりにこの一帯では領主様に税を納めなくていい。私達はそうやって暮らしてきたんだから、逃げ出す訳にはいかない。逃げたりしたら家族がどんな目に遭わされるか判らない」
「君もどんな目に遭わされるか分からないぞ。城には雇われ人もいない。領主はきっと吸血鬼だ。君は殺される」
「やめて頂戴、私の夫になる人よ」
「ベロニカ、僕が夫になって君を守りたい」
「ありがとう。でももう決まった事よ」
 そして彼女は去った。

 城は森の奥。僕は彼女の後を追った。城門で彼女は馬車を降り花嫁が入ると門は閉ざされた。僕は鈎付き縄で城壁を登った。中庭に彼女がいる。こちらを見上げ僕に気付いた。
「ウィル、何をしてるの、来てはだめ」
「城は綺麗に手入れされているな。花嫁を惑わす為か。ベロニカ、縄を投げるから登っておいで」
「私は領主の妻になったのよ。あの人を愛してる。帰る気はないの」
「結婚式はまだだろう。今なら逃げられる」
「式は終わったわ。私は今はもう身も心もあの人のものよ」
「まだ二時間も経っていないのにか。領主は魔物じゃないのか」
「違う。あの人は本当の貴族よ。優しいし私を愛してくれる。私は幸せよ。心配しないで私の事はもう忘れて」
 彼女がそう言い張る以上、帰るしかなかった。だが諦めきれず一月後にまた城壁へ行った。
「ウィル、来てしまったの」
 彼女の腕に小さな赤ん坊が抱かれている。
「赤ん坊の世話なんてさせられて可哀相に。君は領主夫人だろう」
「だって私の子だもの、私の手で育てたいの」
「何を言う。まだ君は結婚して一月しか経っていない」
「ふふ、私と夫の子供よ」
「ベロニカ、君はおかしくなってしまったのか」
「私はとても幸せ。さあ帰って」
「話にならないな。また出直すよ」

 僕は行商の旅に出て二年が過ぎた。城の中庭には中年の女性が座っており、僕に気付き目を細めた。
「まあウィル。久しぶりね」
「あなたは誰ですか」
「判らないのね、ベロニカよ」
「同じ名前の若い女性を探しているんですが」
 何かがおかしいと思った時、若い男が現れた。
「彼がウィルか。随分姿を見せなかったな」
「ええ。外の世界でも二年。すっかり忘れられたと思っていたのに」
 微笑んだ女性にはベロニカの面影がある。
「ウィル。私が領主でベロニカの夫アンリだ。よろしく」
 男が言う。
「これはどういう事だ。君は本当にあのベロニカなのか」
「城には呪いがかかっている。時間の流れと不老不死。城では外の十倍の早さで時間が流れるのよ。あなたには二年、私には二十年。城壁だけが二つの時間が交われる場所。三百年前にこの城は建ち、近隣の村を治めてる。でも実際、城の者は三千年生きてきた。誰も出入り出来ない。花嫁が入ってくるだけ」
「何を言っているのか解らない」
「そうでしょうね。でも私を見て。私は確かにあなたの幼馴染みのベロニカよ」
 中年だが確かに彼女だ。そして未だ美しい。青春は最早彼女の上を通り過ぎていたが。
「呪いは解けないのか」
「判らない。ただ、花嫁だけは普通に歳をとってゆく。67で死に、新たな花嫁が来る」
「ベロニカ、君はそれでいいのか」
「私は幸せよ。この人は私が年上になっても変わらず愛してくれる」
 これは悪夢だ。逃げ帰り、城の事を忘れようとした。

 三年過ぎ、花嫁に妹マーサが選ばれた。僕は妹を馬車に乗せ城へ向かう。城門に領主がいた。
「ウィル。また会えるとは」
「ベロニカはどうしたんです」
「ベロニカはいなくなった。霊廟で眠っている」
 彼は涙ぐむ。
「君の妹が次の花嫁とは。ウィル、時々城壁に来て話し相手になってくれないか。城の秘密を知っても君は人に喋らないしベロニカもマーサも君の大事な人だ。私には三千年、友人がいなかった。話し相手が欲しいんだ。マーサもベロニカを知っている。ベロニカの事を話そう」
 僕は屡々城を訪れた。アンリは妹を大事にした。僕らはベロニカの思い出を語り合った。ただ妹だけが徐々に老いて、五年経つと妹もいなくなった。
 五年に一度花嫁を城へ送る。もう歳を取り城壁は登れない。城門が開く日だけがアンリと話せる日。僕の娘もアンリの妻になった。
「ウィル。次の花嫁も君が連れて来てくれるか」
 ある時アンリが言った。
「それはもう無理かも知れない」
 僕は63。ベロニカより長く生きないと感じる。67で病に倒れた。
「我が青春のベロニカ、やっと君に会いに行ける。さらば我が友アンリ。いつか君の呪いが解かれるように祈る」
 そして僕は死んだ。
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