君と夢見るエクスプレス
「しまった、このファイルじゃない」
笠子主任が声を上げた瞬間、彼の手がはらりと離れた。とくに驚く様子もなく平然とした顔で、
「どうされました?」
と笠子主任に問いかける。
さも何事もなかったように。ゆっくりと椅子に腰を下ろしながら、余裕の表情で。
急に解放されて、じんとする手を気にしてる私になんて目もくれない。
ついには笠子主任も、私を放ったらかしにしたまま立ち上がった。
「いや、ファイルを間違えたから取ってくるよ。ちょっと待ってて」
笠子主任には珍しい早口で。言い終える前に、ドアへと小走りで駆けていく。
ちょっと待って!
は、私の台詞!
「笠子主任! 資料なら私が取りに行きます」
こんな所で、彼と二人きりになんてしないで!
と縋ったのに、笠子主任は好意と受け止めたらしい。慌てて追いかけようとする私を、笑顔で静止する。
「いいよ、探さなきゃいけないから。松浦さんはここで待ってて」
いつもの穏やかな声に、今は苛立ちすら感じてしまう。
お願い、私も連れてって……
駄々っ子を慰めるような笑顔を残して、笠子主任は会議室を出て行った。