君と夢見るエクスプレス
悲しいかな、もう溜め息しか出てこない。
ぽんっと背中に触れた優しい感触。手から響いてくる彼の声が、俯き気味になっていく私を引き止める。
「待ってみようと思ったんだ、松浦さんが振り向いてくれるのを」
見上げたら、彼の笑顔。
さっきまでとは違う、不思議なほど優しい目が私を捉えてる。
惹き寄せられてしまうのが、彼の眼力の為せる技なのか何なのか。わからないけれど、意図しないのに目を逸らすことができない。
「松浦さん、ごめん」
背中に彼の手が触れていることを思い出させたのは、姫野さんの声。思いのほか大きな声に背筋が伸び上がって、同時に彼の手がするりと離れていく。
振り向くと、姫野さんが駆け寄ってくる。片手に携帯電話と書類を持ったまま。反対の手にはバッグを掴んで、あっという間にやって来た。
「待たせてごめん」
僅かに息を切らせながら、姫野さんが携帯電話を胸のポケットに入れた。手に持っている書類が、走った勢いに負けたのか草臥れてしまっている。
「おはようございます、姫野さん」
私が返すより早く、橘さんがはっきりと丁寧な口調で一礼した。きちんと制帽を脱いで。