【短編】よわ虫kiss
2..Two Out
「アヤ、ちょっと話があるんだけど」
2週間ほど前の夕飯の後、珍しく真面目な顔をしたお父さんがあたしに言った。
テーブルの上のお皿を片付けたお母さんは、キッチンで食器を洗い始める。
ほんのり香ってくる食器用洗剤は…なんだろう。
レモン?
とりあえず柑橘系の香りが漂っていた。
いつもふざけた事ばかり言ってるお父さんの話って一体なんだろう。
そんな事を思いながら、缶ビールをグビグビと口に運ぶお父さんを眺めた。
あ~あ…弱いのにあんなに飲んじゃって…
この間の「話」は、ギターが趣味のお父さんがスナックを貸しきってリサイタルをするって話だったっけ。
見に行かなかったけど。
その前の「話」は、阪神が単独首位になった話だったっけ。
とりあえず喜んでみせたけど。
その前は…なんだっけ。
別に、ギターにも興味なければ阪神が首位だろうがなんだろうがどうでもいいんだけど。
またそんな話題なのかなぁ…なんて思いながらお父さんを見ていると、言い難い話なのか、少しの間を作ってからあたしに言った。
「引っ越そうと思うんだ」
「…は?」
予期していなかった本当に「大事な話」に、あたしの思考は停止した。
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