センセイの好きなもの
「大先生はどうしてお母様のことを知ったんですか?」


「母が職場で倒れて病院に運ばれたとき、母の財布に親父の名刺が入ってたらしい。それで親父のところに連絡が来て、母には身寄りがなかったし元夫婦っていう経緯を話して、親父が先に病院に行ったんだ」


母は早くに両親を相次いで亡くしていて、近くに頼れる身寄りがなかった。
親父の名刺は、いつか連絡しようとずっと持っていたと、あとで教えてくれた。



「それで親父は末期癌と余命の話をされて、すぐさま俺を病院に連れて行ったってわけ」




母はこの一年前に最初の癌―――卵巣癌の手術をしていた。ところがそれから半年して卵管と子宮に癌が見つかり全摘出。
それにもかかわらず、倒れたときには肺が蝕まれていた。


俺たちが病室に来て一時間ほど経ったとき、母が目を覚ました。


『親父!母さんが起きた』

大の男が雁首揃えて母の顔を覗き込む。母は状況を飲み込めないのか、しばらくぼんやりとしていた。
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