センセイの好きなもの
私には父の記憶がない。
父親の話を聞いたこともないし、名前も顔も知らない。
生きているのかどうかさえも。
母はハタチで私を産んだ。
物心ついたときには母は朝から晩まで働いていて、私は保育園が終わると夜は一人で留守番をしていた。
けれど母は体を壊して、仕事をいくつか辞めたらしい。
代わりに夜になると母はドレスを着て出て行って、夜中から朝方にかけて帰ってくるようになった。
いつもお酒の臭いがして、艶やかな赤い口紅を引いていた。
やがて毎日のお酒が祟ったのか、母は仕事に行かずに家にいる時間が増えた。
病院で出される薬を飲んでいて、調子の良い日は少なかった。
それでも私は母が家にいることが嬉しかった。
母は私と遊んでくれたし、温かい食事はもちろん、お風呂だって眠るときだって一緒だったから。
けれどある日突然、私は自分の荷物をまとめるように言われた。
洋服に下着に、大切なぬいぐるみやおもちゃ。大きなボストンバッグに詰めていく。