センセイの好きなもの
母がいなくなっても私は不幸じゃなかった。施設にいたたくさんの先生たちが親代わりをしてくれたし、似たような境遇の子どもたちもいっぱいいた。
人並みの生活とは違ったけれど、家に一人でいるよりずっと良かった。



「ツムはきっと、あなたのことを恨んでいるわけじゃありません。どうしてこんなことになるのかを知りたいだけだと思います。それで自分の人生をしっかり歩んで行きたいんじゃないかと」




巧先生の声が少し柔らかくなったような気がした。そっと顔を見ると、ポーカーフェイスは相変わらずだけど冷たさがなくなっている。



「…私は二十歳で紡実を産みました。未婚のまま、一人で」


母はあのとき確かに“再婚する”と言ったのに?



「私も母子家庭で育って、母はホステスでした。中学を出て間もなく母はいい人が出来たからと私を置いて出て行った…。生きるために色んな仕事をして、歳をごまかしてホステスになりました。19のとき…店に来た男性に口説かれたんです。2つ上の大学生で、すぐに付き合い始めて…。しばらくして妊娠が分かりました」
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