センセイの好きなもの
何も言えないまま母は行ってしまったから。

「幸せな人生を歩んでね」と、そう言って。



巧先生は私をなだめるように背中をさすってくれる。



「その人とは再婚するつもりだったんですか?」


「とんでもない!彼には奥様と二人の娘さんがいましたし、彼も離婚する気なんてありませんでしたから…。ただ、生活には困らせないと言われて仕事を辞めて…要は囲われたんです。何もしなくても生活出来る。明日どう生きるか迷わなくて済む。その幸せに逃げたんです。紡実を捨てて」



どうしてだか分からないけれど、どうしようもなく泣きたくなった。


私は母に産んでくれと頼んだわけじゃない。だけど母は私を産んでくれて、せっかく結婚もしたのに幸せになりそこねた。

幸せを求めて、私を施設に置いていってまでその人について行ったのに、その人とはきっともう―――。



「ツムを連れて行く選択肢はなかったんですか?」


「最初はそのつもりでした。だけど知られたくなかった。愛人として囲われて生活してるなんて…」

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