センセイの好きなもの
手紙や、新しい服や靴を送ってくれたときもあった。

だけど一度も会いに来てくれないまま時は流れて、私は8歳になっていた。

あの日は雨だった。

母は今まで見たことがないような着飾った服装で、高そうだけどどこか品がなくて、赤い口紅をつけていたことを今でも憶えている。


『紡実、私は再婚するの。だから紡実は連れていけない。幸せな人生を歩んでね―――』



「…ム!おいっ、ツムっ!」


頭上から大きな声がして我に返る。
顔を上げると、巧先生が怒ったように私を見下ろしていた。
隣にいたはずのみち子さんの姿も食器もない。私の食べかけのオムライスがテーブルにあるだけ。


「あれっ、みち子さんは?巧先生ももう食事終わったんですか?」

「とっくに食い終わって、みち子さんはりんご持って事務所戻ったよ。電話番しながらテレビ見るって」
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