短編集‥*.°

部屋の窓を開けると、
潮風を顔に受ける。

潮の匂いが、部屋中に満ちていく。

「風海(フウミ)ー、朝ごはんよー」

下から聞こえたお母さんの言葉に

「はーい」

と返事をして、
再び窓の外に広がる海を見る。

朝日に反射して、輝く。

まるで、海が…そして、君が私を
呼んでいる、そんな錯覚にとらわれる。

潮風が青いカーテンを揺すって。

私は階段を下りて一階に向かう。

「ご飯なに?」

そう聞くと、
お母さんが戸惑いながら答える。

「え?普通にトーストだけど」

「ふーん…」

そっか。普通の、トースト。

確かに、今日君のところへ行くからって
無理にご馳走を食べるよりは、
良いかもね。

「あれから一年ね…」

お母さんの言葉に、
身体がピクリと反応する。

思い出す。あの日の君の笑顔。

クスリと、私も
回想の中の君の真似をして微笑む。

「なんでそんな事言うの。
もう別にどうでもいいじゃん」

「風海…」

「ごちそうさま」

表面だけで笑う。明るい笑顔。

もう、君の事は忘れたような。

…違う。心じゃ泣いている。

君のこと。

…忘れられるわけ、ないじゃない。




家を出る。家の前の浜辺まで走る。

穏やかで、どこまでも続く海と、
浜辺に打ち付ける波。

一年前の海も、こんなのだったっけ。

もはや、朝一番にここに来るは
幼い頃からの習慣になっている。

波打ち際に見える澄んだ海の中には、
小魚たちが泳いでいる。

サブバックを置く。

さらさらとした砂の上に。

今日、私は君に会いに行く。

決めたこと。もう絶対に変えないから。

一年ぶりに、君のところへ。

紺色の制服を脱ぐと、現れるのは
一年前のあの日に着た、
お気に入りの水着。

白地のスカートはふわふわしてて、
上は普通の白いティーシャツみたいな。

今から、行くよ。会いに行く。

私は海に足をつけた。

ひやりとして、でも暖かくて。

君のように。

今日、私は。

一年前に、タイムスリップをする──。

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