短編集‥*.°

一分が経つ。二分が経つ。

君は現れない。

あと二分で私は、現代の世界に
帰らなければいけないのに。

喉が、ジンと痛くなる。

目の奥が、じくじくと熱くなってくる。

バカ。バカ。バカ。

なんで姿を見せないの?

…水中だから。

頬の表面を、目から溢れ出る
何かが伝うことはない。

私は本当に泣いているのかさえ、
解らない。

だって、涙を流していないから。

──気づく。

…もう君は、一生私の目の前に
現れることは無いんだと。

…気づく。

もう二度と、君と笑い合うことは
できないという、事実を。

気づく。

死んだ人にはもう、想いを伝えることは
できないのだと──…。

…好きだった。

大好きだったの、海音のこと。

初恋だったのに。

…どうしてしんだの、ばか。

水中で叫ぶ。君の名前を。

声は泡となって、
海面へと上って行く。

息が続かない。

嫌だ。──嫌だ。

帰りたく、ない。

君の居ない世界に、
戻りたくなんてない。

しおんの、ばか。

最後の泡を吐き出した──。








…多分、八分間潜っていたと思う。

最長記録。

君に会えるのなら、と
無理にでも引き伸ばしたのに。

海面に顔を出す。息を吸う。

現代に戻った今じゃ、頬を伝う涙は
止まることすら知らなくて。

バカ。バカ。バカ。

なんで死んだのよ、海音。

この想いが、泡になって消えたなら、
私はもっと楽になるのに。

どうして海音が死んだのに、
この想いは死なないの。

どうして。どうして。








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