短編集‥*.°
「下じき、貸してくれねえ?」
「…え?」
数学の授業中、
突然となりの池原に声をかけられた。
横を向くと、
整った顔が目の前に。
ビー玉みたいな瞳に、さらさらの黒髪。
下手すると、アタシの髪の毛より
もっとさらさらかもしれない。
そんな池原は、
ジッとアタシの瞳を覗き込んでくる。
「…なに?」
「いや、だから、下じき。貸して」
…や、いやいやいや。
なんで?
頭の中に、幾つもの疑問符が浮かぶ。
え、だって、池原…
机の上に、下じき、あるじゃん。
アタシの視線の先は、池原の机の上。
…そこには、至ってシンプルな
赤色の下じきが置いてある。
…何をするつもりだ。
「でも、机の上に下じきあるんじゃ…」
「いいから。村雨のが、いいの」
村雨のが、とそう言って、
池原はちょいちょいと指先を曲げ、
アタシを急かす。
訳がわからない。
なんで、アタシのがいいんだろう。
「でも、アタシも下じきつか──」
「…わねえだろうから、言ってんだよ。
お前いつも下じき用意するくせに、
ノートん下に引かねえじゃん」
…う、バレてる…見られてた。
なんで知ってるんだ、池原 コウジ。
ちょっと気恥ずかしくなって、
まあ、良いかと考えながら下じきを
手にとった。
池原の下じきとは正反対の、青。
模様なんてなし。
およそ「女子らしくない」とか
なんとか言われるけど、どうでもいい。
下じきを手渡すと、池原は笑った。