短編集‥*.°
例えば、自分自身が悲しい恋をしてしまったらどうなのだろう。そんなのは嫌に決まってる。そんなの、辛いだけ。
つまり自分の身に起こらないからこそ
みんな悲恋が好きなのだろう。
桜にしてもそう。夕立にしてもそう。落葉にしても、雪にしてもそう。自分自身が散っていく訳じゃなく、自分自身が消えていくことでもない。
だから私も、去年までは、桜を見て美しいと思うことができていたのだろう。
(あいつは、今度はあの子を胸に抱き締めているんだろう。私よりも可愛いあの子のことを)
桜を見ていると、なんとはなしに胸が締め付けられる。
もし、のお話。もしも私が桜の大樹だったとして。突然、目の前で一人のセーラー服を着た女子高生が泣き出したら、どんな気分になるんだろうか。
もし、彼女がこの春に失恋したばかりだったとして。もし、失恋の理由が彼氏の浮気だったとして。まだ彼に未練があるとしたら。
桜は、どんなことを想う?
(……くだらない)
ありふれた悲恋物語にもならない。桜の下で手を器にして待っていると、一枚の花びらが右の手のひらに乗った。
落ちないように握りしめ、顔に手を近づけて、閉じた手のひらを開いた。淡い色の花びらを見つめた。
花びらは、握りしめた手の圧力で、一部が汚く変色してしまっていた。