短編集‥*.°
そうか。桜は柔らかいんだった。今更それを思い出した私は、潰れてしまった桜の花びらを捨てる。
思い返せば、桜の花びらは、どうしようもなく脆いんだった。
腰を上げて樹の幹に近づくと、焦げ茶色の木肌に手を滑らせる。木肌が一つ、地面に落ちた。
ゆるりと、桜色の空を見上げた。
懐かしい感覚。去年、確か彼と二人だけでお花見に来たような気がする。こんな小さな公園じゃなくて、人が込み入っていた桜の名所だけど。
彼が空中を踊る桜を捕まえようとして。彼が掴み損ねた花びらは、大きく軌道をずらして。
その時、私の目頭に、一枚の花びらが
舞い降りた。
(あの時は、彼も私も笑っていたのに)
途端に、心の奥底に押し殺したはずの気持ちが、溢れ出した。喉が引き締められたようにきつくて、熱くて、痛くて。
「……なんで……」
嫌だと、激情が漏れるのを拒むのに、脳は命令をきいてくれない。もう、振り切ったはずなのに、なぜ。なんで。
「なんでっ、あの子を、選んだの……っ、私は、好きだったのに……あのクソ野郎……ばかぁ……!」
発される声は、全て嗚咽混じり。私は未だに、彼を忘れられない。春の桜、夏の夕立、秋の落葉、冬の雪。全部全部、彼と一緒に感じたのに。
美しいね、って。綺麗だね、って。