短編集‥*.°
今日は、上野先輩の卒業式だ。
だから私は『上野』って書かれた
靴箱の前に居る。
右手に、桜色の…封筒を持って。
──置く勇気がなくて、
しばらくボーッと、
そこに突っ立っていた。
渡せない…。
今、きっと…上野先輩は、
外で皆と写真を撮っていると思う。
…渡せない。
でも、渡せないと、
さようなら、なんだ。
せめて、告白…したかったなぁ。
「あれ、三河じゃん。
そんなとこで、何してんの」
不意に呼ばれた私の名前。
その声に、一気に顔が熱くなる。
封筒を後ろに隠す。
「あ、う、上野先輩!」
どうしよう。
背中に隠したものの、
上手い言い訳は思いつかない。
上野先輩は、私と同じ部活…だった。
だから、名前だけは、覚えられている。
「…俺、今日で卒業だわ…。
つか、もうしたけど」
黙りこくっていると、
上野先輩が、そう言ってきた。
私の気持ちを、知ってか知らずか。
「そうですね…」
曖昧に返事を返す。
右手の指先に、意識がいく。
この右手を…前に出せば…。
手は、動いてくれない。
「俺とかが抜けても、バスケ部の看板、
キッチリ背負ってくれよな…!」
「あ、もちろん…です…!」
先輩の目に、少し、だけ。
涙が溜まってる。