私と君の海
ただわかっているのは、彼が真っ直ぐに私の目をみつめて言ってくれたんだ、ということ。
でも、今はその誠意ですら、別れ間際の言い訳にしか思えない。
「私、知ってるのよ」
彼には既に婚約者がいることを、私はここに来る二週間ほど前に、探偵から聴いている。
今、目の前に腰掛けるこの男はキョトンとしているが、惚けたってもう遅い。
私を不倫相手にするなんて。
買ってあげたそのアロハシャツ、引きちぎってもいいかしら。
いいわよね。
遠くで雷鳴がとどろいたみたいだけど、そんなの気にしない。気にならない。
全然、こわくない。
「何を知っているんだい」
まったく、こいつは。
まだ自分のしでかしたことを誤魔化そうとしているのか。
「わかってるくせに」
「だから、何をだよ」
声が裏返ったわよ、今。
その引き攣った顔、写真撮っていいかしら。
「あなたには婚約者がいるにも関わらず、私とずっと一緒にいることよ。私を騙し、不倫相手にしてる貴方についていくのはやめると言っているの」
「すまなかった」
「もう遅いわ」
椅子から立ち上がる。
海は穏やかだ。
潮風が心地好い。
「さようなら」
穏やかな海に、雨が降ってくる。
私は傘を差して、たった今元彼となった彼に手を振り帰路を行く。
二回目のさようならは、どこで言うことになるのかしらね。