カメカミ幸福論


 その時、遥か彼方から、刺激音が聞こえてきた。ブブブブブと地鳴りのように聞こえるそれは不快な音で、今すぐに消さなければならないって思うような音。私は一瞬でハッとして音を捉える。これは―――――――――携帯電話だ。

「――――――あ」

 声を出して、パッとその場でしゃがみ込んだ。ダンの顔が見えなくなったことで急に現実感が戻って来て、私はもつれる手足を動かしながらどうにか匍匐前進で部屋の真ん中へ逃げる。

 ・・・・・うわあああああ~!!危ない!危ないわよ、私!!今、今、何考えてたっ!?

 冷や汗か脂汗か判らないものを全身に感じながら、私はずりずりとはっていって、不快音を発する携帯電話を鞄の中から引っつかんで出す。それはメールの着信音だったらしい。いつの間にマナーモードを取っていたのか、珍しく音が出たから自分でも判らなかったようだった。

 後ろの壁際で一人取り残されたダンが、ぼそっと呟いた。

「・・・惜しい。もう少しだったのに」

 私は心の中で絶叫していた。

 危ねえっ!アッチにいっちゃうとこだったわよ私!!

 あまりにもスムーズに幻想にひっかかった自分が恐ろしくて、私は現実感を求めて携帯電話を開く。メールの相手は「小暮」。内容、『お疲れさん。今晩はゆっくり寝てくれ。それから、俺のことも一応は考えておいてくれると有難いな。じゃあ、また明日』。

 ・・・・・・・・ああ。

 望んだ通りに現実感は戻ってきたけれど、それはそれで頭の痛い内容だった。


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