カメカミ幸福論
「だけどちょっと苦いな~。これって何の味?」
「・・・」
「おーい、ムツミ~」
超無邪気な顔でダンが私を覗き込む。だからつい答えてしまった。まだ、私の頭は停止したままで、現実に乗り遅れていたのだ。
「・・・ビール」
「あ、これがそうなのか」
ふんふん、ビールって飲み物は苦いんだな、そう言いながらダンは立ち上がってまた雑誌の方へ向かって歩いていく。それから座って雑誌を取り上げ、クーラーの風に吹かれながらまた読み始めた。
・・・・えーっと・・・・。あら?
私はまだ寝転んだままで、何度か瞬きを繰り返す。・・・今、キスしたわよね、ダンと?それも頬とかでなくて、しっかり唇に。
柔らかくて優しい、だけどひんやりとしたダンの唇。それを確かに、ハッキリと感じた。
あら、まあ・・・。
タイミングを逃してしまった私は怒りがわいてこなかった。ただそのままで、しばらく呆然としていたのだった。真夏の休み、自分の部屋で。神にキスをされるという、非常に珍しい経験をしてしまった。
ちょっと・・・どうしたらいいの、これ。
とりあえず、と私はもそもそと立ち上がる。
ダンは既に雑誌の世界へ行ってしまっている。何だか今更首根っこ引っつかんでの説教も、意味がないような気がしてしまった。
・・・えーっと・・・とりあえず。
私はフラフラと台所へ向かう。
もうちょっとアルコールが必要だわ、そう思って。