カメカミ幸福論



 私の手元には、一冊のノートがある。

 それは私が一人の「神」と過ごした、あの夏の記録。



 何かに躓いたとき、何かに焦ってしまったとき、泣きそうになったとき、私は今でもそれをめくる。そして、腹が立ってしかたなかった、やたらと美形の男神のことを思い出しては苦笑するのだ。

 この時にくらべたら、マシだわ、って。

 なんてことない、そう思えるわって。

 だって私、世の中の奇跡を、目の当たりにしたんだからって―――――――――



 会社の中で、人事異動が起きたのはその翌年の春のこと。

 社長が心筋梗塞で冬に倒れたこともあって、色々バタバタした春だったのだ。幸い社長はしぶとく(失礼)復活したけれど、自分は最高取締役を退いて引退の形になってしまった。

 後を注いだのは、長年社内で縁の下の力持ちと言われてきた技術職の老部長。彼は色んな会社の研修を受けて、トップになるべく戻ってきたのだった。

 最初にしたのが会社内の人事整理。今まで有り得なかった女性社員の役職も新設し、結婚した社員に退職を勧めるのは会社の衰退に繋がると断言し、寿退社が常識ではなくなってしまった(ちなみに、事務職員のスカート廃止も受け入れて貰えた)。

 そのお陰で美紀ちゃんは結婚を決め、そのまま会社に残って総務の係長職に昇進した。

 私は彼女が喜ぶのを嬉しく見ていて、こう思ったのだ。

 この子は、最初の女性役員にもなるかもしれないって。


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