カメカミ幸福論
ダンはゆっくりと言葉を繋げる。
「死ぬまでに時間を与えられているのは皆同じだ。それをどう使うかで、人生は全く違ったものになる」
聞きたくないのよ。この明るい声なんて。冗談じゃないわよ、ほんと。だけど、手に力が入らないの。
「ムツミが勝手に自分で諦めてきたものは」
聞きたくないんだってば。
「諦める必要なんて、なかったもので――――――」
聞きたく、ない。
涙の浮かんだ両目をぐっと閉じた。
その時、両手に力が戻ったのが判った。私は間髪いれず、渾身の力を込めて抱きしめてくるダンの体を強く押す。
やつの体は空気のようだった。抱きしめられていたのに不思議な話だが、私の押した両手に感触はなかったのだ。だけれども、ハッとしたように言葉を止めて、ダンはふわりと私から離れる。
ようやく戻ってきた呼吸を懸命にしながら、私はヤツを睨みつける。情けないことに両目からはボロボロと涙が落ちていた。だけども拭わなかった。今視線を外したら、認めるようで余計に悔しかったのだ。
私は、私の今までを後悔してなど、いない。
「か、か、勝手な、こと、言ってんじゃないわよ」
ダンはこちらをじっと見る。その光り輝く全身をピンヒールで踏みつけたかった。
「よくもたかが2週間やそこら観察した程度で、私の今までを否定してくれたわね」
「ムツミ」
堤防決壊だった。バケツの水をひっくり返したようにダダーっと出る涙が鬱陶しい。私は、泣いてる、暇なんか、ないんだからー!拳を握り締めて、その痛みを頼りに声を振り絞る。