素顔のキスは残業後に
「そうそう。部長のお説教くらいで、へこたれてられないよね」

吐き出しそうになるため息を飲み込み、気合い注入。
エントランス前の石段をローヒールのパンプスで駆け上がった。

ではでは、由梨さん。お言葉に甘えちゃいますね?

暗証番号とカードキーを使うオートロック式の扉の近く。鞄からカードキーを入れた財布を取り出そうとして、一瞬で血の気が引いた。

「嘘。財布が、ない!?」

定期が入ってるパスケースはあるから、財布がないのに気付かなかった。

お金は大して入ってない。財布もそれほど高くない。

「でも財布の中には由梨さんから渡されたカードキーが入ってるんだってば!」

ヤバい! ヤバい!! ヤバい!!!

鞄の中身をひっくり返そうとして、ちょっと待てと冷静さを取り戻す。
時間は深夜0時過ぎ。いま私がいる場所は、高級マンションのエントランス前。

私の恥イコール由梨さんの恥だ。
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