素顔のキスは残業後に
「悪い」

低い吐息が耳朶をふわりと掠める。
一瞬で近づいた距離に緊張が走ると背筋がゾクリと震えあがるほどの綺麗な微笑で囁かれた。

「礼は体で払って貰う主義。だから――…これから付き合え」

予想もつかない言葉は、まさかの大人的お礼展開!? 冗談でしょ?

強く言い返してやりたいのに、私を見つめる真剣な瞳に声にもならない。
彼の黒い瞳が探るように細まる。唇が触れそうな距離にギュッと瞳を閉じたら、

「まぁ、いい。とりあえず乗れ」

沈黙にそんな低い声が響いた。
そのまま強引に腕を掴まれると、タイミングを合わせたようにエレベーターの扉が開く。

2つ階を下って再び開かれる扉。
暗い廊下を歩き出す彼に抵抗しようとするけれど、男の本気に敵うはずもなかった。

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