素顔のキスは残業後に
もしかしたらそのときには、すでに彼女と付き合っていたのかもしれない。

『友花。愛してる』

そう思うと優しく囁いてくれた言葉も、たくさんくれたキスも、その想いもすべて偽りだと思った。

時間が解決してくれた。そう思っていたのに……。

彼女のことを語る幸せそうな横顔に、まだ消化できていない想いが残されていることを思い知らされただけだった。



「桜井?」

私を呼ぶ低い声にハッと我に返る。
至近距離にある瞳が窺うように私を見つめているのに気付くと、

「ちょっと、用事を思い出したんで」

抑えつけていた感情が視界を滲ませる前に早口でそう告げる。
何か言いたげに顔を歪めた彼に小さく頭を下げてから、その場を走り去った。
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