素顔のキスは残業後に
「仕方ないね」

別れを告げられたその時でさえ、心に食い込む痛みを堪えて精一杯の虚勢を張った。
走馬灯のように蘇る記憶。言葉にならない想いが溢れそうになる。

こんな想い、見透かされたくない。

私の反応を窺っている瞳から逃れるように顔を逸らし、小指の古傷をそっと撫でながら奥歯を噛み締める。

「もう終わった?」

重苦しい沈黙を破る声にハッと我に返った。

「あと少しで、ここ使うんだけど?」

背中を振り返ると会議室の扉の近く。
末席のテーブルに資料の束を揃えるように置いた柏原 柊司の姿に息が止まった。

いまの会話、聞かれてしまったかもしれない。

そんな心の焦りさえ、涼しげな瞳にすべて見透かされそうで胸が震える。
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