【B】姫と王子の秘密な関係
「おはようございます。
アキラさん」
「おはよう。
乙羽さん、香寿さん」
「おはようございます。
アキラさん。
あっ、アキラさん良かったらここ居てください。
私、飲み物買ってきます」
香寿さんはそう言って俺を、
今まで立ってた場所にすすめると列を離れる。
「由奈さん、すいません。
アキラさんに私、交代しますね」
「また此処に戻ってきてください。
香寿さんも、良かったら私の飲み物もお願いできますか?
一人じゃ、列から離れられないから。
アキラさんとお知り合いだったなんて、
びっくりです。
どうぞ、アキラさんも入ってください」
由奈と呼ばれた存在は、
その後も俺が割り込むのを後ろの人にも声をかけて
謝るような素振りを続ける。
僅かな気配りが、自然と巻き起こる優しい空間。
入場までの時間をこうやって、
誰かの優しさを感じながら過ごすのは初めてかもしれない。
10時前、コスプレ用の入場列が開いて
俺たちは手続きを済ませて、再びの夢の時間を過ごす。
新選組の土方として、
隣に沖田と花桜を連れて会場内を動き回る時間は
何時もよりも早く過ぎていくように思えた。
何度も求められるままに
シャッター音をその日に浴びる。
何時もと同じ様に、写真をお願いされると
自然に体がエスコートするように動いていく。
だけどその時間の中に、重ぐるしさがなかった。
花桜の姿をした乙羽ちゃんが、隣には必ず微笑んでいて
俺が求めに応じている時間も、
真っ直ぐな眼差しで俺自身を見つめてる。
そんな視線を感じるたびに、ホッと心が緩んでる自分を感じる。
乙羽ちゃんの隣には、
ちゃんと護衛するように、親友の香寿さんが傍に居る。
今まで逃げ続けてた、この場所ですら
本当の意味でもリラックスは出来ていなかったのだと気づかされた。
久しぶりの時間は、瞬く間にイベント終了時間を告げ
それぞれの着替えを済ませると、
俺たちは出口前で待ち合わせて再び合流した。
「お疲れ様です。
アキラさん」
「お疲れ様。
乙羽ちゃん、香寿さん」
合流した俺たちだけど、その後の予定は未定。
もう少しこの時間を続けたい……。
そう思う俺自身。
だけど、彼女には香寿さんという友達が居る。
無意識のうちに、握り拳に力が入る。
声をかけて、この後の時間を誘うか、諦めるか……。
「あっ、いっけなーい。
アキラさん、良かったら音羽のこと頼んでいいですか?
私、お父さんが久しぶりに帰ってくるから、
瞳矢とお母さんと、合流しないとなんですよ。
音羽、大事なこと伝えてなくてごめん。
キャリーは、お母さんが車だと思うから私が転がして帰るね。
じゃ、今日はお疲れ様でした。
アキラさん、音羽頼みます」
本当か嘘か、彼女は口早に告げると
俺と乙羽ちゃんの前から慌てて駆け出して、
駅の方へと走って行った。
見えなくなるまで彼女の背中を見送った後、
俺は改めて、彼女に向き直る。
「乙羽ちゃん、香寿さんからチャンス貰ったみたいだから
今から夕飯でも一緒に出来ないかな?」
ようやく伝えられた言葉。
ただそれだけの言葉が、
こんなにも紡ぎだすのに時間がかかるなんて知らなかった。
遊びではなく……それだけ俺自身が本気ってことなのか?