【B】姫と王子の秘密な関係



「奥さん、今後の話をさせて頂いて宜しいですか?」



小川さんは、今このタイミングで?っと言うタイミングで
声をかける。


店長は静かに頷いて、子供たちや親族を部屋の外に出るように促した。




「早速ですが、今後の店舗の相続ですが
 連帯責任者である、奥さんが今後のオーナーと言う形で再契約して宜しいでしょうか?」



突きつける言葉。


オーナーの遺体の傍、疲労感いっぱいで頭を垂れていた奥さんが
ゆっくりとオーナーの方へと視線を移しているのが感じられた。


「告別式までは、本部のスタッフが店舗運営を応援します。
 告別の翌日より、今まで通りの経営をお願いします」


追い打ちをかけるように、更に言葉を続ける小川さん。


小川さんの声を受けた後、じっと固まったようにオーナーを見つめ続けていた奥さんが
ゆっくりと立ち上がって押入れを開けた。

押入れの中にある金庫を開けると、1通の封筒を手に握りしめて
俺たちの方に近づき、そっと差し出した。



遺言書と記された封筒の中には、
オーナーの死後、コンビニ経営は続けなくてもよい。
契約は即日打ち切るようにと記されていた。



「わかりました。
 梁田オーナーのご意志は、この書面に記されていました。

 だが梁田オーナーは亡くなられた。
 このお店をなくして、失礼ですがお子さんたちは育てられますか?

 今、高校生のお子さんが大学に進学されるとなると、
 またいろいろと必要となります。

 今、仕事を失ってもいんですか?」


小川さんは更に切り込んで会話を進めていく。



幾らなんでも、言い過ぎだ。
こんな日に……、こんな場所で……。




「小川さん」っと名前を呼びかけた時、
ずっと俯いたままの奥さんが静かに告げた。




「主人の遺言通り、私もコンビニを続けるつもりはありません。

 もともと、私は乗り気じゃなかったんです。
 ただ脱サラした主人が、やりたいと懇願したから付き合っただけです。

 主人がオーナーをしている間、私たち夫婦のどちらかは必ず責任者として
 店舗に詰める必要がありました。

 お店のことに必死になりすぎて、気が付けば小学生だった子供たちはもう高校生。

 だけど……経営を軌道に乗せることと引き換えに、
 私たち夫婦は子供の成長を覚えてないんですよ。

 子供たちの学校行事にすら、行くことが出来なかった。
 サラリーマン時代は毎年行ってた、家族旅行すらコンビニを初めて行くことは叶わなくなった。

 もう終わりにさせてください」




涙声に何度も鼻をすすり泣きながら、
オーナーさんの遺体に縋るように泣き崩れてしまった
オーナー夫人の悲痛な声に、俺は言葉を失った。



お父さんの背中を追いかけていたいと思うし、
その背中に、誇りすら覚えてた。


だけど……そのたくましい背中を支えてる裏に
こんな出来事がいろんな形であったのだと思うと心が苦しくなった。




「わかりました。

 長い間、お疲れ様でした。
 ご家族の気持ちは、本部へと申し伝えます」



小川さんはそう告げると、
静かに頭を下げて悲しみに包まれたオーナーの自宅を後にした。


そして俺もその後をついていく。



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