【B】姫と王子の秘密な関係

16.二号店 ~動き出す時間~ -晃介-


俺のフィールドワークを手伝って貰ったあの夜、
遠い……花火大会の日の迷子の少女が、彼女だと伝えた。

本当は伝えるはずのなかった昔話。


あの花火大会の夜、まだガキだった俺は
凄くむしゃくしゃしてた。


友達の家から帰ってきた時、ブラックスーツの集団が
俺たち家族の家を取り囲んでた。

異様な風景。

ちょうどその時間帯は、母さんが一人の時間帯だったから
俺は母さんを守らなきゃって、家の中に飛び込んだ。

そこには今の、会長である祖父さんが居て
仕事をしてるはずの父さんのことを、口汚くなじってる最中だった。


その時の俺には、まだ父さんの仕事のこととか家のこととか大人の事情って奴は何もわからなかった。
俺の大切な家族を傷つけてる会長が許せなくて、祖父さんに向かって突進して突き飛ばそうとしたけど
祖父さんの護衛の奴らに阻まれて、八つ当たりする場所を探して飛び出した。

財布の中の小銭と定期券で、電車を乗り継いで少しでも遠い街に行きたかった。
そうやって辿り着いた街で、プラプラと歩いていると、自然とカッカしていた頭が冷静になっていく。

お祭りのポスターが視界に入って、屋台の続く場所へと自然と足が進む。

『坊や、リンゴ飴どうだい?』
『こっちはベビーカステラだよ』

屋台の小父さんや、小母さんが次々と声をかけてくれるものの
俺の手元には、電車代で使い切ってしまったから、それを帰るお金はなかった。

屋台の前で立ち尽くしていたら、屋台からリンゴ飴を作ってる小父さんが出てきて
俺をテントの裏へと手招いた。


『坊主、ほらよ。
 これは小父さんからだよ。

 坊主の目が小父さんは気に入った。
 何があったか知らねぇが、悩んでることがありゃ吐き出しちまいな。

 小父さんなら聞いてやれるぞ』

そんなことを言いながら、小父さんはリンゴ飴を一つ手渡した。

手渡されたそれを食べながら、
俺はお父さんとお母さんを守れなかったことを告げる。 


くだらないはずの話なのに、屋台の小父さんは相槌を何度も打ちながら聞いてくれて最後に言った。


『坊主は立派な奴だったよ。
 父さんと母さんを守ろうとしたんだろ。

 だけどな、殴りかかる前に話しを聞こうとしたか?

 人はな、どんな奴にも心ってものがある。
 心ってモノは、時に厄介だけど、その心を強くしたらいいこともあるさ。

 ほらよ、坊主の素直な気持ちを父さんや母さんに伝えてこい。
 漢(おとこ)だったら、手土産の一つもないとかっこ付かねぇよな。

 これは小父さんからの餞別だ』


あの日縁を貰った屋台の小父さんの言葉で、俺はこれからの自分に向き合おうと思った。

それが母親の出生の秘密と、俺の出生の秘密。

親父の職場のこと、あの日の祖父さんが来た理由を受け止める羽目になり、
今の俺自身の葛藤に続いていくわけだけど、出逢った彼女との時間は
俺的に、すがすがしく生まれ変わった直後に出逢えた存在。

そんな感じだった。


小父さんから貰ったリンゴ飴は、親への手土産ではなくその子の元に行く羽目になったけど
それでも、彼女を両親へと送り届けた時、遠野夫妻は凄く喜んでくれた。

その後、俺も家に帰りたくなって駅の方に向かい始めた時、
行先も告げなかった俺を迎えにきた両親が居た。

どれだけ早谷から離れて生きていたと思っていても、
今も早谷のシステムに守られているように、あの頃の俺もまた早谷の警備システムに守られていた。


最初で最後の反抗期。
俺の冒険の中で出逢った彼女だったからこそ、音羽って女の子が名乗った名前と思い出だけは
鮮明に俺の中で残り続けた。



< 92 / 129 >

この作品をシェア

pagetop