プラトニック・オーダー
その日の夜、いつものように保坂くんの仕事終わりに電話をした。
今まで、知らないうちに避けていたこと。目を逸らしていたこと。
雪菜に感化されたわけじゃないんだけど、つい口をついてでた。
「保坂くんは、結婚とかしたいって思う?」
『どうしたの、急に?』
質問に対して、質問が返ってきてしまった。
これは、別に結婚のことは考えてないってことなのかと思う。
「友達が、海外に転勤する彼氏についていって結婚するんだって。それで、保坂くんはどうなのかなって」
『……』
少し、無言の時間が流れる。
これは、聞かない方がよかったのかな。
『俺は、結婚したいって思ってるけど』
「けど?」
『薫ちゃんはまだしたくないのかなって、思ってたよ』
「そっか……」
『薫ちゃん、もし今俺が、結婚してっていったらどうする?』
「今?」
『そう、今。薫ちゃんも仕事してて、それなりに責任あること任されてて、その仕事とかご両親を置いて、俺の所にお嫁に来てくれる?』
少し考えてみた。
雪菜には、保坂くんについていくって言ったけど、そんな急には答えられない事に気がついてしまった。
仕事はすぐやめられるのかとか、両親にちゃんと挨拶しなきゃとか、色々やらないといけないことがあることに気がついてしまった。
「……全部投げ捨てて、すぐに行きたいけど」
『うん、無理だよね。一個一個片付けていかないとさ。だから、俺も悩んでた。いつ切り出したらいいかなって』
「考えててくれたの?」
『当たり前でしょ』
電話の向こうで、彼が小さく笑ったのが聞こえた。
私は少し嬉しくなって、微笑んだ。
「あのね、保坂くん」
意を決して口を開く。
普段は恥ずかしくてあまり言えないけれど、言わなくてはいけない。
「私、保坂くんと付き合えて、よかった」
『うん、俺もだよ』
「だから、私と結婚してください」
『ちょっと、それ俺のセリフ!』
思わず二人で笑い合う。
遠くにいってしまったと思っていた保坂くんは、こんなにも近くにいたんだって、改めて実感する。
『じゃあ、休み調整して近いうちにまたそっち行くよ。ちゃんとご両親にお許し貰わないとね』
「うん、私も保坂くんのご両親にご挨拶しないとね」
『まぁ、こっちは追々でもいいよ』
そんな会話をして、電話を切る。
途端に回り始めた歯車に、私の心臓はドキドキと音を立てる。
ルリが不思議そうな顔で近寄ってきたので、思わずぎゅっと抱きしめた。
驚いた顔のルリに頬擦りをして、もう一度電話の内容を反芻する。
恥ずかしさよりも嬉しさが上回って、多分今鏡を見たらさぞ気持ちの悪い笑顔を浮かべていることと思われる。
「夢みたいだね、ルリ」
迷惑そうにしているルリを解放してやると、私は嬉しさのあまりベッドに横になりながらしばらくそうして微笑んでいた。