プラトニック・オーダー
三章 互い違い
あれから一月、私の日常が大きく変化した、ということはなかった。
強いて言えば、勇吾さんからライブのお誘いが来た程度で、あれ以降保坂くんとは会っていなくて。
ただ、保坂くんと相談して、半年後には仕事を辞めることにした。
両親とも連絡をとり、来月の中頃挨拶に……という話を電話でした時の、父の嬉しそうな声。
私もやっと、嬉しさのほかに安堵の気持ちも芽生え始めた。
「せっかく先輩と仲良くライブに通えるようになったのに」
そう残念な声を出すのは、沙由だ。
いつものレストランでランチを食べながら、来週の土曜日にある勇吾さんのライブについて話していた。
私は正直、行くかどうか迷っている。
沙由は残り少ない時間、一緒に行こうと誘ってくれているんだけど。
「まぁ、私も実家はこっちだから、たまには遊びにくるけどね」
「そうかもしれませんけどー。でもいいなぁ、結婚かー」
「周二くん、まだ学生だもんね」
「ですねぇ。まぁ、私が頑張って周ちゃんを養ってもいいんですけど!」
明るく言う沙由を見て私も微笑む。
結婚の形は人それぞれ。それで沙由が幸せなら、私はいいと思う。
「でも、沙由はまだ若いんだしね。ゆっくり考えたらいいよ」
「はい」
照れくさそうに微笑む沙由は、今が本当に幸せなんだろうなと思う。
私も、こんな風に笑えているだろうか。
今日の業務が終わって、私は久々に実家に帰った。
ルリを一度迎えに行っていたから少し遅くなったけど、両親は夕飯も食べずに待っていてくれた。
「お帰り、薫」
父が上機嫌なのは、私が久々に顔を出したからだけではないのだろう。
久々に訪れた実家にびくびくするルリの機嫌を刺身でとりつつ、父はビールを飲んでいた。
「お父さん、飲みすぎですよ」
母が苦笑いしながら父をたしなめ、それでも嬉しそうに私の肩を叩く。
「お父さん、この前からずーっとご機嫌なのよ。本当に嬉しいみたい」
ここまで喜んでくれるとは正直思っていなかったので、私としてはびっくりなわけだけど。
嬉しそうな両親を見ていると、私もとても幸せな気持ちになった。
「今日は泊まっていけるの?」
「うん、明日休みだしね」
夕飯をつつきながら、受け答えする。
母は嬉しそうに頷くと、手伝うよという私を押し留めて忙しなく動き回っていた。