プラトニック・オーダー



 ライブハウスは今日も凄い人だった。
相変わらずの熱気と、一種異様とも言える高揚感。
私はそんな雰囲気の漂う会場を、やはり一歩引いて眺める。

もう、こんな非日常に触れ合う機会もないのかと感慨深い気持ちになる。

 滞りなく過ぎるライブに、最早慣例と化したカフェでの打ち上げ。
当然のように私も打ち上げに招待され、やはり楽しそうに騒ぐ輪の中ではなく、カウンター席で誠二さんとのんびりと話す。
いつもはそれを咎める人もいないし、誠二さんもにこやかに相手をしてくれていた。

 でも、今日は少し違った。

「薫ちゃん、ちょっと誠二に聞いたんだけどさ」

そう言って声を掛けてきたのは、勇吾さんだった。
誠二さんはちょうど、ボックス席に料理を配っている途中でカウンター内には姿が見えない。
私は何のことかと勇吾さんを見つめる。

少し、怒っているのか。
いつもの人懐っこいような、そんな笑顔が顔から消えている。

「えっと」

「結婚するんだって?」

「え?ええ……」

戸惑いつつ答えると、勇吾さんは小さく舌打ちをもらした。
なんだろう、何か怒らせることでもしてしまったのかと焦っていると、勇吾さんはそんな私に気がついたのか不敵に笑った。

「いや、ごめんごめん。なんでもないんだよ、おめでとう」

「あ、ありがとうございま……」

言いかける私を遮るようにして、勇吾さんが顔を近づけてくる。
触れそうで触れない距離。
私は驚いて、身をのけぞらせる事も出来ずに身体が硬直してしまった。

「でも、いいの?アイツで。つまんないヤツだよ」

「あ、あの……?」

私の知らない、意地悪な笑顔。
背中がぞくりと粟立ち、私はやっと、身体をのけぞらせる。
勇吾さんはにやりと笑うと、私から顔を離して私の隣に座った。

さっきから、彼が何を言いたいのかがわからない。
マリッジブルーのことを言われているのだろうか。
それなら、なった覚えはない。
私は今、とっても幸せだから。

「えっと、心配していただいてありがとうございます。でも、私今幸せで……」

私が言いかけると、また勇吾さんが怖い顔になった。

「ふーん……まぁ、いいけどね」

「こら勇吾!」

急に掛けられたきつい声に、私は驚いて振り向いた。
誠二さんが、勇吾さん以上に怖い顔で立っていた。

「……わかってるよ。飲みすぎたから外出てくる」

勇吾さんはそれだけ言うと、店の外に出ていった。
誠二さんは溜息をつくと、カウンターの内側に戻ってきた。

「大丈夫?全く、悪酔いするなら飲まなきゃいいのにな」

まるで取り繕うように言う誠二さんの表情は、晴れたとはいえない。
私は不安げに誠二さんを見上げることしかできない。

「ああ、気にしない。薫ちゃんが悪いわけじゃないからね」

「はい……」

なんとかそう言うと、新しく淹れなおしてくれたコーヒーを飲む。
ずっと鳴っていた心臓は、なかなか静まってくれない。
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