プラトニック・オーダー
目が覚めると、そこは見慣れた私の部屋だった。
いつの間に帰ってきたのか……昨夜のは悪い夢だったんじゃないかと思って、無意識に右腕に視線を落とすと、そこは赤々と握られた跡がついていた。
夢じゃない。
蘇りかける恐怖を押しやると、私は部屋の中にコーヒーの香が漂っているのに気がついた。
のろのろと起きていくと、リビングには保坂くんがいた。
「おはよう」
いつも通りの笑顔で、保坂くんは微笑んでいた。
どんな顔で、私は保坂くんを見つめたのだろう。
安心した。
だけど、同時に後悔と自責の念が押し寄せる。
「おは、よ」
乾いた声で告げると、保坂くんは立ち上がって私を抱きしめてくれた。
一瞬震えそうになる身体を必死に悟られないように堪える。
どうしても、思い出してしまう。
どうしようもない、恐怖。
「……ごめんね」
はっとして顔をあげる。
保坂くんは、どうして謝るの?
私が悪いのに。
「私……」
「俺がちゃんと側にいれば、こんなことにならなかったのに」
「ちが、うよ……」
唇を噛み締める。
私の考えが足りなくて、保坂くんを苦しめる。
「お願いがある」
保坂くんが、私の身体を抱きしめながら呟く。
なんだろう。
彼が笑顔になってくれるなら、私はなんだってできるのに。
「どうか、俺の側からいなくならないで欲しい」
「え……」
驚いて、顔を上げる。
保坂くんは、優しい笑顔を浮かべながら私の頭を撫でた。
「薫ちゃんが考えることなんてわかるよ。俺の為に、別れようとか思ってたでしょ」
困った様に笑う彼に、私はどう答えたらいいのだろう。
「俺は、嫌だよ」
「私……」
「薫ちゃんは怖いかもしれないけど、ちゃんと警察にも届けようよ」
「保坂くん……」
どうするのが正解なんだろうか。
返答に困ってしまった。
でも、ここで私が負けてはいけない気がした。
「うん、わかった。私、警察にいく。一緒に、来てくれますか?」
「当たり前でしょ。誠二さんが目撃者だから、連絡して一緒に行ってもらおう」
安堵したような保坂くんの顔。
私は、もう少しでとてつもない間違いを犯すところだった。
こんなに優しい人を、本当に裏切りかねない決断をするところだった。
保坂くんと別れて悲観にくれることほど、愚かで恐ろしいことなんてないはずなのに。