プラトニック・オーダー
私の後ろ暗い―……という程でもないけど、少し卑屈な考えは押し留めて。
午後の業務も終え、沙由と夕食を食べる為にレストランに入ったのが17時半頃。
大体の馴れ初めを沙由に話し終えた頃には時刻は20時を過ぎていた。
「えー!私には絶対遠距離とか無理ですよー!っていうか、先輩も凄いですよね~。浮気とか心配じゃないんですかー?」
「うーん、そりゃまぁ、疑ったらきりがないんだろうけど。でも多分、そんな時間ないんじゃないかな」
私がのんびりと返事を返すと、沙由はまん丸い瞳をこれでもかと開いて頷いた。
「確かに、彼氏さん忙しそうなお仕事ですもんねー」
「それより、沙由の彼氏はどうなの?」
「どうって、何がです?」
「何の仕事してる人なの?」
私が尋ねると、沙由はニコニコと笑ってみせた。
「彼氏はまだ学生ですよー。大学生です!沙由の2つ上で。なんか、今日はサークルの飲み会が入っちゃったらしいんですよねー」
「えー?沙由よりサークル優先?先に約束してたのに?」
「いっつもですよー。まぁ、私も結構友達優先しちゃうことあるし、お互い様ですかねー」
そんなもんなのか、と頷くと、沙由が困った様に首を傾げた。
「でも最近、彼氏冷たいんですよね。もしかして、浮気かなぁ」
沙由の言葉に私は驚いて飲みかけていたコーヒーにむせた。
「ちょっ……先輩大丈夫ですか?!」
「だ、大丈夫……。いやでも、何でそう思うの?」
「いやだって、最近彼氏、メールしても返事くれなかったり、電話してもそっけないし」
それに関しては、私は何のアドバイスも出来そうになかった。
というのも、私も保坂くんもメールも電話もそっけないなんてもんじゃないからだ。
それでも、電話はまだしている方だとは思うけど。
「うーん……」
「ああ!そんな難しく考えなくて大丈夫ですよ~!多分私が心配しすぎなんです」
「そう?……じゃあ、もし愚痴言いたくなったらまた誘ってね。多分、アドバイスは何も出来ないんだけど……」
そんなことを話していると、私の携帯が鳴った。
沙由に断って出ると、保坂くんからだった。
「もしもし?」
『もしもし、薫ちゃん?』
「そうだよ」
『今から高速乗るから、あと一時間半くらいで着くよ!』
「うん、わかった。気をつけてね」
電話を切ると、沙由がニヤニヤしながら私を見ていた。
「彼氏さんですかー?」
「あと一時間半くらいで着くんだって」
「そっかー。先輩、もう帰らないとダメですか?」
「うーん、そうだねぇ。あと30分くらいなら大丈夫かな」
時計を見ると、21時を過ぎていた。
家に向かう時間を考えると、21時半が限界だろう。
「じゃあ、今日はお開きにしますか。明日は土曜日だし、また月曜日にですね!デートのお話聞かせてくださいね」
「うん、わかった」
軽い挨拶を交わし、支払いを済ませると私たちは別れた。
21時を過ぎてはいても、繁華街はまだまだ人通りも多く、賑わっている。
私は軽めの食材をまだ開いているスーパーで買い揃えると、家路を急いだ。
家の鍵を開けて中に入ると、待ってましたとばかりに飼い猫のルリが駆け寄ってくる。
いつもならとっくに帰っている時間なのに今日は遅かったからか、寂しかったと訴えてくるルリをあやしながらリビングに荷物を置く。
10分ほどルリとスキンシップを取ると、私はスーツ姿のままエプロンをしめて台所に立った。
手早く作れる料理をいくつか作ると、時計を確認する。
22時。あと少しで保坂くんがくる。
急いでお風呂を洗い、いつでもお湯を入れられるように準備しておく。
こういうところが、老夫婦のようだと言われるのだろうか……そんな事を考えつつ、やっと部屋着に着替える。
スーツを衣装掛けにかけていると、部屋のインターフォンが鳴った。
私が出るまでもなく、部屋の鍵が開いてすぐに保坂くんが部屋に入ってきた。
ルリが私よりも早く彼を出迎えて、嬉しそうに擦り寄っている。
「お帰りなさい」
「ただいま!久しぶりだねルリー」
ルリを抱き上げながら、保坂くんが笑顔をこぼす。
私はこの瞬間に、たまらなく幸福を感じるのだ。