Cross Over
疑い

週末の土曜の夜、澪と二人で食事に出掛けた。


他愛もないドラマの話し、芸能人の話し、仕事の話し、上司の悪口に花を咲かせているとき、


澪に聞こうと思っていたことを聞いてみた。



『ねえ澪。あたしたちと違うオフィスに、身長がスラっと高くて、すっごいイケメンの人いるの、誰だかわかる?』


『え~?!』



口に頬張っていたパスタを飲み込み、澪が目を見開く。



『あんたが男の話しするなんて、珍しい。どうしたの?さすがの莉菜もそろそろ彼氏欲しくなったんだ?』


ケラケラと笑う澪に、照れて怒る。


『あたしだって全く男の人に興味がないわけじゃないって言ってるでしょ。そりゃ、経験はそんなにないけど…。』



徐々に声が小さくなり、うつむくと、澪が大きな声を張り上げる。



『まあ、彼氏はいたほうがいいよねー。あーあ、あたしもどこかに、いい男いないかなぁあっ。』



今日の澪は完全に酔っ払っている。


『ちょっと澪っ。恥ずかしいからやめて。』


テンションの高い澪に、騒がしい店の中でも、近くにいた何人かの客がこちらを見る。


呆れたように澪を落ち着かせて、質問を続ける。



『で。そんな人、澪…知ってる?』



少し小声になれば、身を乗り出して澪の顔を覗き込む。



『あー。…ってか、その人ってさ。すごい愛想のいい?それとも、悪い感じ?』




澪の質問に目を丸くしながら、



『いいか悪いかで言ったら、…悪いほうだと思う。…』


『じゃーあれだ。桐生先輩。企画部の、桐生先輩じゃない?』




…桐生。企画部の、桐生先輩って…。




聞いたことのある名前だった。




うちの会社には、女子社員たちの中で有名人となっている男性社員が、二人いる。



企画部の桐生先輩と、同じく企画部の狭山先輩。



この二人は同期らしいが、
仕事ぶりから、この会社を引っ張るいわばエースのような存在。


仲がいいようで、よく一緒にいることも多く、

二人がならんでいるのを目撃すれば、
その長身とルックス、まさに絵になる二人に、することも忘れて見とれてしまうらしい。


性格が正反対の二人には、それぞれファンのような存在がついているようで。女子社員の中には、桐生派と狭山派に分かれて、騒いでいる連中もいる。



元々男性にあまり興味がなく、恋愛経験も少ない自分にはあまり関係のない話だと思っていて、その顔と名前も一致しないまま特に気にせずに過ごしてきた。




『無愛想なほうだったら、その…桐生先輩、なの?』



澪に問いただす。



『うん。あたしもそんな詳しくないけどさー、他の女がキャーキャー騒いでる二人のことなんて。でも、桐生先輩はぶっきらぼうっていうの?なんか…顔はいいけど、冷たそうっていうかさ。ちょっと怖そうだし。あたしはまだ、狭山先輩のほうがいいかなー。…』



何様のつもりか、陽気に腕を組んで上を見上げながら澪が言う。




あの人が…桐生先輩だったんだ。

そんな人と、あたし、二人きりに。しかも…。



エレベーターで支えてくれ、ソファーまで連れていってくれた彼を思い出して、恥ずかしさで少し顔が赤くなる。




かっこいいけど、確かに一見冷たそう。でも、もしかすると…



あの夜のミルクティーの缶と、ずっと隣にいてくれた彼を思い出す。




桐生先輩ってほんとは優しい人なんじゃ…。



カクテルを飲みながら考え込んでいると、澪が顔を覗きこんでくる。



『ちょっと。どうしたの?あんた、もしかして…桐生先輩となんかあったの?』



飲んでいたカクテルを吹き出しそうになる。



ニヤリとした視線を澪が送っている。




『ち、…ちがうよっ!なんにもないってば。』




自分でも顔が赤くなるのがわかる。



『あぁー怪しいー。なんかあったーー!絶対なんかあったーー!!』



ケラケラ笑いながらはしゃぐ澪を、今日の酔いは重症だと思いながら、冷静になだめる。




なんかあったとわめく澪に、なにもないって、と。笑いながら、澪が落ち着くのを待っては。つられて、微笑ましくその姿を見つめて。
小さく、深呼吸をするようそっと息をついた。





最後にもうひとつ。澪に聞きたいことがあった。




今思えば、
どうしてその質問を、あの時、澪にしたのか。今でもわからない。




どうせ違う。
そう確信していたからかもしれない。




でも__。



何故かこの質問を澪に訊ねてみようと思った。



いや、何故か不思議と、聞かなければならないと思った。


後先を考えず、軽い気持ちで、


この時あたしは、
自分の運命を変えるかもしれない質問を、澪に問いた。






『ねえ澪。…桐生先輩の、下の名前って?…』





カクテルの入ったグラスを手にしたまま、静かに澪の答を待った。




__何故か、この瞬間に。途端、胸騒ぎがした。







『ん?…怜だよ。桐生 怜(きりゅう れい)。』





澪の答えに、まわりの景色が、雑音が止まった気がした。




手の力が無意識に抜けていくことにも、気付かず。






__グラスの、割れた音が響いた。
< 10 / 117 >

この作品をシェア

pagetop