Cross Over
『ありがとうございました。』
『ああ。』
その夜、先輩にいつも通り家まで送ってもらう。
ふと、先輩が前を見たまま話し出した。
『莉菜。倉沢にはちょっと注意しろ。』
『え・・?』
急な先輩の言葉に、顔を見る。
注意しろって・・・
今まで違う話でいつも通り笑っていた先輩が、突然倉沢という名前を出したことに、きょとんと見つめる。
『大丈夫ですって。誘われたりしても浮気なんてしな・・・』
『いや。そういう意味じゃない。』
先輩の表情が曇る。
・・・・
『そういう意味じゃないって・・?』
一気に神妙な面持ちになった先輩の顔を伺うように、静かに問う。
『何か・・』
先輩が前を見たまま、真剣な表情でつぶやく。
『・・何かありそうなんだよ。あいつ。』
え?
ふと息をついて先輩に笑いかける。
『何かありそうって倉沢さんに?』
ふと、胸を撫で下ろして答える。
『なんにもないですよ。倉沢さんは誰にでもすごく優しいですし。虫一匹殺せないって感じの人だし。』
頭の後ろに手をあてて、困ったように笑った倉沢さんの優しい笑顔を思い出す。
・・・・
先輩人を疑いすぎですよ、と笑ったあと、
先輩が一切笑わず何かを考えるように前を見たままなことに気付いて、
静かに言葉を続けるのをやめた。
・・・・
しばらく沈黙したあと、先輩がこちらを見た。
『・・・・』
見つめる先輩の目をまっすぐ見つめていると、
ふと、軽く息をついて、先輩が呆れたように微笑んだ。
『・・まあ。考えすぎなのかもな。』
先輩がそっと、頬に触れる。
『お前のことになると、ちょっと心配しすぎんのかもな。俺。』
自分にため息をつくように少し笑って、軽く口づけをする。
『ゆっくり休めよ。』
『はい。先輩も。また会社で。』
ああ、と微笑んだ先輩に安心して、
車を降りた。
先輩の車を見送ったあと、家のなかに入った。
ーーー。
・・・。
『惚れすぎだな。重症だ。』
心配しすぎてしまった先ほどの自分を思いだし、軽くため息をついて、信号に止まる。
窓を開け、煙草に火をつける。
煙を燻らせながら眉をひそめ、
目を細めた。
ーーー。
何故か嫌な予感がする。
その胸騒ぎが、静まらない。
『・・・・』
人懐こいあいつには、何言っても
なんにもならねえからな。
ふと、先ほどの莉菜の表情を思い出す。
人のことを疑うことを知らない、
純粋で無垢な瞳。
軽く息をつき、信号が変わったあと、
アクセルをゆっくり踏み込んだ。