Cross Over
日常

__誰もいない屋上の、手摺に寄りかかる。



平日の真っ昼間。腕時計を見ると正午を過ぎていた。


人々が一斉に会社から出てくるのを上から見つめながら、

煙草を一本取りだし、口にくわえる。



スーツの胸ポケットに手を入れた途端、ポケットには何も入っていないことに気付き、小さくため息をついた。



煙草をしまおうとした時、ふいに声がした。





『はいよ』




右側を振り向くと、

自分にライターを差し出している、爽やかな笑みがあった。





屈託のない目でこちらを見ている、見慣れた笑顔が視界に入る。


面倒くさそうに、さっきより深いため息をついて、


なにも言わずライターを受け取り、煙草に火をつけた。





『こんなとこでサボってていいのか?』





手すりに背中をもたれかけて、明るい癖っ毛の髪をなびかせながら問いかけてくる隣の声。

ちらり、と視線を伏せるよう向ければ。その髪の奥にある、右耳のピアスが光に反射した。






『……お前に関係ねえだろ。』






『うーわっ、冷たっ!いつもより冷たさが増してる…!』




隣の人物が、大袈裟にする驚いた表情。吹き出したように笑う声が響く。






…ほんとにうるさいやつ。


せっかくの一人の時間を、他人、よりによって一番騒がしいやつに邪魔されてしまった。



だが。

まあそれが、こいつの憎めないところなわけだが。






『…お前こそ、こんなとこで暇潰してていいのかよ。』




気だるそうに煙草の煙を吐き出しながら問う。

んー?とこちらを見る、隣りのチャラチャラした男に、更に言葉を続ける。



『ここに来る途中、部長が狭山はどこだって。探してたぞ。』



その言葉を聞いた途端、ため息をつきながら、肩を落とし答える。



『まったく。いつもいつも俺を仕事で縛ろうとするなんてさ?俺にだって、いろいろとすることがあんのにさー。』




自分に差し出したライターで、狭山も自分の煙草に火をつけた。

ん~っと言いながら、体を伸ばすように両手をあげて、あくびをしながら空を見上げている。




狭山 篤人。(さやま あつと)
入社してからもう、こいつとは長い付き合いだ。



企画部に入社してから、一緒に、群を抜くように成績を伸ばしてきた。



ずっと、経験を共にしてきた同期だ。



それに、正反対の性格からか、仕事以外のところでも意気投合することが多く、
狭山は多々欠点も見えるが、憎めないいいやつだ。



こいつが、仕事でも仕事以外のところでも、

今の俺の中では、いい親友と呼べる存在なのだろう。


こいつも同じように俺を思っていることは、一緒にいて、こいつを見てればわかる。



『なーんか、雨降りそうだな。』



空を見上げて、狭山が言う。



そう言われてゆっくり空を見上げると、

いつの間にか空に薄暗い雲がかかっていた。



空まで、どんよりするわけ、か。



…自分の気持ちと重ねるように空を見つめたあと、視線を下へ移した。




『なあ、こんな暗い日はさ?可愛い女の子でも誘って、飯でも行くのが一番だなっ!』




な、ととびっきりの笑顔を向けて、狭山が言う。





『お前と一緒にすんなよ。』





『あー!酷いっ!さっきより冷たいっ!』





泣いちゃうー冷たくされると泣いちゃうー。と、呆れた俺に、いつものノリでケラケラと笑い声が返ってくる。





狭山は、その見た目と人懐こい性格からか、友達も多く。



しかし。囲っている女たちが気付いているのかいないのかは知らないし、興味もないが。…なにしろ、こいつは女に手を出すのが早い。

同時に何人もの女と関係を持っているようだが、
こいつの器用さからか。女たちは騙されているのだろうと察する。



その器用さと軽さが、こいつの欠点。…まさに。
それさえ無ければ、なかなかいい男なのだろうが。






自慢じゃないが、俺も全く女からの誘いがないわけじゃない。


だが俺は、こいつのように、自然に他人に入り込むことが、得意じゃない。


他人が自分のパーソナルスペースにずかずか侵入してくること0を、俺自身、好んでいない。



だから、体の関係で終わることも多いし、付き合っても長くは続かないことが多い。



でも、それでいいと思っていた。
その方が楽だ。他人に深入りせず、相手も自分に入り込んでこない。その関係が一番楽なのだ。



そう思っていたはずだ。




ひと昔、前までの俺は。







二人の間に会話は少なく、ただ煙草をふかしながら、屋上に吹く風に身を任せている。





狭山が何回かあくびをしたあと、空を見上げたまま唐突に問いかけた。






『ところでお前さ、…最近おかしくね?なんかあったの?』




狭山の言葉に一瞬、僅か表情と視線の動きを止める。




……


表情は変えず、何事もないかのように冷静を装い、下を見つめながら煙草をふかす。







『…別に。なんでもねえけど。』





しばらく沈黙を続けたあと、狭山がゆっくり問いかけてくる。






『いつも、何か考え込んでるしさ?…ってかさぁ。いくら表情のないお前でも、他のやつらもさすがに気付くぜ?桐生になにかあったのかって。なのにさ、俺がわからないと思うかよ?』








煙草の煙をゆっくり吐き出しながら、
狭山の言葉には、


何も、返さなかった。






『まあさ、お前がすぐに話すわけがないのもわかってるけど?…あんまり、一人で抱え込むなよ?』





こちらを見ながら声をかける狭山に
ああ、と一言だけ視線を伏せ告げながら、ゆっくりと煙草の火を消し。


背中を向け、


出口扉へと向かった。





『あーあ。…こりゃ駄目だ。』


大きな音を立てて閉められた扉を見つめて、一人になった屋上で。明るい髪をわさわさと掻くようにすれば、ため息を大きくついて独りつぶやいた。



『…ありゃあ、相当参ってんな。』





再び、小さくため息をつき景色に視線を向けていれば。
気が付いたよう腕時計に視線を落とし、やべっ、と急いで煙草を消して。

あとを追うように出口へと向かった。

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