Cross Over
『・・・・』
倉沢さんの姿が見えなくなり、
通路から新崎先輩へと視線を向ける。
通路の奥を、何か考えるように思い詰めた表情で見つめたまま、新崎先輩は動かない。
倉沢さんが目の前にいた時は、いつもの余裕のある先輩の表情だったが、
倉沢さんが見えなった今、新崎先輩の表情はいつになく険しく、冷たかった。
『・・・先輩』
恐る恐る声を出す。
・・・新崎先輩、怒ってるかもしれない・・
少しうつむく。
倉沢さんと二人でこんな風に話してたこと、
きっと見たんだよね・・
恐る恐る見上げると、
先輩がこちらを見た。
目が合った途端、
軽く力を抜いたように息をついて、
私の頭をぽんぽんと撫でた。
『先輩ごめんなさい・・・あたしっ・・』
『いや』
謝ろうと声を出すと、先輩が首を横に振った。
見上げていると、ふと先輩の目が、
いつもの優しい目に変わった。
『よく言ったな。俺と付き合ってるって。』
頭に置いていた手でそのまま、わしゃわしゃと少し撫でられる。
『・・・・でもっ』
ほんとは社内恋愛禁止なのに・・
倉沢さんに言っちゃった・・
うつむくと、新崎先輩の左手が頬を包むように触れた。
『いいよ。それでいい。』
見上げると新崎先輩が微笑んだ。
『隠すことねえって言ったろ?俺がなんとかしてやる。倉沢にバレたって、なんてことねえよ。』
新崎先輩の表情と言葉に、ふと張り詰めた心が溶けていった。
『・・・はい。』
安心したように微笑んで、うなずいた。
行くか、と重い書類の袋を
肩に乗せた手で後ろ手に持ったまま、
新崎先輩がポケットに手をいれ数歩歩き、こちらを見る。
はい、と新崎先輩に駆け寄り、
そのままオフィスへ向かった。
ーーーーーー。
『はぁ~・・・』
新崎と莉菜が歩いていく背を見届けたあと、
壁に背をもたれため息をつき、二人して胸を撫で下ろした。
『どうなるかと思ったよな。』
言葉に澪がうなずく。
『倉沢さん、やっぱり莉菜のこと狙ってるんですね。』
そうなのかもな、そう言いながらふと先程の倉沢を思い出す。
何か企んでいる。
その新崎の直感は、多分当たっている。
根拠はない。
だが、あの倉沢という男。
新崎の言う通り、
ちょっと気にかかる。
『佐山先輩?』
澪の言葉にふと我に返る。
『ん?あっ、あ~ごめんごめんっ。・・いやでも、さっきの新崎のあのセリフ聞いた?』
歩きながら、おどけたように澪に話す。
見ましためっちゃ痺れましたねーと笑う澪に、チャラけて言葉を返す。
『"お前に心配されることなんかなんにもねえよ。倉沢。"だってさ。あの絶妙なタイミングの入り!俳優かよっ!』
ポケットに手をいれ、眉をひそめ、クールな表情で新崎のものまねをすると、
澪が手を叩いて笑う。
似てなーい!と笑う澪に、ははは、と笑いながら、倉沢のわざとらしい微笑みが頭をよぎる。
・・・あの野郎。
何考えてるかわかんねえ・・。
ーーーー。
澪に話を合わせ笑いながら、
ふと、考え込むように思いを巡らせたーーーー。